【オトナ女子映画部】一途な想いが“ストーカー”と取られるか、“純愛”と取られるかの違い『忘れられない人』

【オトナ女子映画部】一途な想いが“ストーカー”と取られるか、“純愛”と取られるかの違い『忘れられない人』

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【オトナ女子映画部】一途な想いが“ストーカー”と取られるか、“純愛”と取られるかの違い『忘れられない人』

独女通信2013年04月23日13時00分

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独女通信

「君が帰る時はいつも後をつけてたんだ。君が無事に家に帰れるかどうか心配だったから」
この告白を聞いて、“なんて優しいの!”と好意的に思うか、“こ、怖い!”と批判的に思うか、相手によって正反対の感情が沸き上がるはずだ。
その違いはどこで区別されるのか?
“相手が好みかどうか”

もちろんそれは1つ。しかし、相手に興味がなかった場合でも、女は“純愛”に弱いふしがある。“女は愛すより愛された方が幸せ”と言われる所以だろう。
でもだからと言って、執拗に想いを押し付けられれば、嫌悪を示す。
一途な想いが“純愛”となるか、“ストーカー”となるかは紙一重だ。
全く興味がなかった相手の想いを“ストーカー”ではなく“純愛”と感じ、心を動かされるかどうか。
この分かれ道は、“求められている”という愛情ではなく、“与えられている”という愛情を、いかに感じるかではないだろうか。相手の想いに“振り向いて欲しい”という感情が見えれば見える程、心が動かされる事はなく、相手の想いは迷惑なものとなり、“ストーカー”と感じる気持ちが強くなる。
“後をつける”なんて、普通に考えれば、非常にストーカー的行動である。しかしながら、アダム(クリスチャン・スレイター)にとっては、キャロライン(マリサ・メイ)の安全を純粋に守っていただけのこと。大切な事は、行動そのものというよりも、その行動の裏にある想い。そこに歪んだ愛情がなければ、その想いは“ストーカー”ではなく、“純愛”として心に響くのだ。
アダムにとって何よりも大切なのは、キャロラインの笑顔。彼女が悲しい想いをせずに幸せでいてくれることが、アダムにとっての幸せであり、キャロラインが自分の想いを知っているかどうかなど、どうでもいいのだ。
このタイプの男のみが、“純愛”で女のハートを射止める。
男に捨てられっ放しのキャロラインは、愛を求め、追いかけ続けてきた。愛されないことに落胆し、傷つき、苦しんでばかりいた。そんな彼女の人生が、アダムの気持ちを知る事で一変する。
“相手の幸せを純粋に願う”
簡単なようで、意外に難しい事なのではないかと考えさせられる。
“求める”のではなく“与える”幸せを知り、成長していくキャロラインの姿は、あまりにも美しく、希望に満ちあふれている。
不幸な恋愛ばかりしていると嘆く前に、「忘れられない人」を見て確認して欲しい。自分のまわりに“アダム”はいないか?自分は“キャロライン”になっていないか?角度を変えて自分の世界を見てみると、自ら糸に巻かれ、もがき苦しんでいる事に気が付くかもしれない。自分に合わない人を追いかけるのをやめて、心が常に穏やかでいられるのは誰なのか、しっかりと見極めたい。(安部沙織)
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